ニュースの受け取り方が多様化した現代、私たちは無意識のうちに**「情報の偏食」**を起こしているかもしれません。
スマートフォンとテレビ。この2つのメディアは、単なる「デバイスの違い」以上に、私たちの世界観を形作るプロセスにおいて真逆の役割を果たしています。
1. スマートフォン:最適化された「自分の鏡」
スマートフォンのニュース閲覧は、一言で言えば**「究極の効率化」**です。
* アルゴリズムによる選別: 過去の閲覧履歴や検索傾向から、AIが「あなたが読みたそうな記事」を優先的に表示します。
* フィルターバブルの形成: 自分の価値観に近い情報ばかりが集まるため、心地よい一方で「自分とは異なる意見」や「興味のない分野」が視界から消えていきます。
* 能動的な選択: 指一本で興味のない情報をスワイプして飛ばせるため、深い知識は得やすい反面、情報の偏りが生じやすくなります。
> スマホは「知りたいこと」を深掘りするのには最適ですが、世界を自分のサイズに切り取ってしまう特性があります。
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2. テレビ:偶然がもたらす「世界の窓」
一方でテレビのニュースは、視聴者の好みに関わらず**「世の中の最大公約数」**を提示します。
* 編集者によるキュレーション: AIではなく、プロのジャーナリストや編集者が「今、社会として知っておくべきこと」を順序立てて構成します。
* セレンディピティ(偶然の発見): 政治にしか興味がなくても、その後に流れる「最新の科学技術」や「地方の伝統行事」のニュースを、受動的に目にすることになります。
* 共通言語の創出: 多くの人が同じ時間に同じ映像を見ることで、世代を超えた「社会の共通認識」が生まれやすくなります。
まとめ:心地よさと「ノイズ」のバランス
スマートフォンのニュース閲覧は「効率的な食事」に似ています。好きなものだけを食べれば栄養(知識)は偏りますが、満足度は高い。
対してテレビは、いわば「定食」です。嫌いな野菜も入っていますが、それを口にすることで図らずも健康(広い視点)が保たれることがあります。
「興味のないニュース」は、実は自分の世界を広げるための貴重なノイズです。
スマホで自分を深掘りしつつ、テレビで世の中の「今」を浴びる。このハイブリッドな情報の摂り方こそが、情報過多の時代を賢く生き抜くコツと言えるでしょう。

まあ、何言いたいかといえば スマホばかり使っていたら自分の興味あるものしか表示されずいつの間にかオリンピックが始まっており、メダルを取った際のニュースで今回のオリンピックを知った人もいるんですよ って話
